コレクション-茶道具

中国陶磁

考古 古鏡 金銅馬具類
中国の古鏡

中国の青銅鏡の出現は約4000年前、青海省斉家文化期にさかのぼる。また商(殷)代の鏡が、河南省殷墟(いんきょ)の墓から出土した。西周時代を経て、東周時代には春秋式鏡・戦国時代式鏡と呼ぶ様式が生まれ、その後は漢式鏡・隋唐式鏡に大別し、宋元以後、清代まで製作が続いた。戦国式鏡の典型は、薄くて反りがなく、細かい地紋の上に主紋を重ね、縁はえぐられたように立ち上り、鈕(つまみ)は小さく板状で稜線(りょうせん)がある。隋唐式鏡の形は大小様々で、厚く、紋様は華やかになる。技法も多様であり、正倉院にある金銀平脱や螺鈿鏡(らでんきょう)なども作られた。中国では、青銅鏡は化粧道具として、また魔除けとしても扱っていた。鏡を神霊化、帝王権力の象徴とし、現世の幸福と不老長生の願をこめたのは、前漢時代末に盛んとなった神仙讖緯(しんせんしんい 経書に基づいた予言の学)の思想だという。
当館の古鏡は、旧守屋(もりや)コレクションのうち、主として漢式鏡(かんしきょう 前漢鏡・後漢鏡・六朝鏡)、隋唐鏡(ずいとうきょう)、日本での漢式鏡のぼう製鏡、および少数の和鏡(わきょう)からなる。特に中国の紀年鏡(きねんきょう 銘文に年号を含む鏡)には、前漢・居摂元年(A.D.6)鏡を初め、後漢・六朝鏡三十数面があり、各種形式の多様さは、多数の日本出土鏡とともに、考古資料としても工芸品としても最も充実したコレクションの一つ。守屋コレクションをなした守屋孝蔵氏(1876〜1953)は、京都で法曹界の重鎮として活躍した人物で、数多くの古美術品を蒐集し、特に中国古鏡は国外にも名高い。