公益財団法人 五島美術館

平安時代の11世紀、関白藤原道長の娘である中宮彰子に仕えた女房紫式部(生歿年未詳)は、『源氏物語』を著し、主人公光源氏の生涯を軸に平安時代の貴族の世界を描いた。 「源氏物語絵巻」は、この『源氏物語』を絵画化した絵巻で、物語が成立してから約150年後の12世紀に誕生した、現存する日本の絵巻の中で最も古い作品である。 『源氏物語』54帖の各帖より1~3場面を選び絵画化し、その絵に対応する物語本文を書写した「詞書」を各図の前に添え、「詞書」と「絵」を交互に繰り返す形式の、 当初は10巻程度の絵巻であったと推定( 2 0 巻説もあり)。現在は5 4 帖全体の約4 分の1 、巻数にすると4巻分が現存する。江戸時代初期に、3巻が尾張徳川家に、1巻が阿波蜂須賀家に伝来していたことがわかっているが、それ以前の古い伝来は不明。 徳川家本は現在、愛知・徳川美術館が収蔵。蜂須賀家本は江戸時代末期に民間に流出、現在、五島美術館が収蔵する(「鈴虫」2場面、「夕霧」、「御法」の3帖分)。 両方とも昭和7年(1932)、保存上の配慮から詞書と絵を離し、巻物の状態から桐箱製の額装に改めた。「詞書」も「絵」も作者は不明。「詞書」の書風の違いから、五つのグループによる分担制作か。 「絵」の筆者を平安時代の優れた宮廷絵師であった藤原隆能(?~1126~74?)と伝えるところから、本絵巻を「隆能源氏」とも呼ぶ。(五島美術館収蔵「国宝 源氏物語絵巻」は、毎年春のゴールデンウィークの頃に1週間程度展示の予定)

鈴虫一

鈴虫一:絵

鈴虫一:詞書第二面(第三紙)

詞書第二面(第三紙)

鈴虫一:詞書第一面(第一・二紙)

詞書第一面(第一・二紙)

『源氏物語』第38帖「鈴虫」の1番目の場面。光源氏は、柏木(致任大臣の子)との不義に悩み出家した女三宮(朱雀院の娘/光源氏の妻)の住む六条院の一部を自然の野のように作り、鈴虫を放つ。風情の増した庭を眺める女房(尼である女三宮の姿ではなく、出家していない女房姿を描く)。透垣の側の棚で、仏に供える花や水を整える尼。現存の国宝19図中、絵の具の剥落が最も激しい画面。下描きの墨線や、名称を示した文字(「たたみ」「にわ」「すゝむし」等)が確認できる。画面左下に描く衣の裾が、光源氏の訪問を表現か。

鈴虫二

鈴虫二:絵

鈴虫二:詞書第二面(第三・四紙)

詞書第二面(第三・四紙)

鈴虫二:詞書第一面(第一・二紙)

詞書第一面(第一・二紙)

『源氏物語』第38帖「鈴虫」の2番目の場面。光源氏や夕霧(光源氏の子)、螢宮(光源氏の異母弟)のもとに、冷泉院から月見の宴の誘いがあり、彼らは急ぎ参上する。若き日の源氏と藤壺との過ちから生まれ、その出生の秘密もあり、若くして皇位を退いた冷泉院。柱を背に対座する源氏(『物語』には「〈冷泉院の〉ねびととのひたまへる御容貌、〈光源氏と〉いよいよ異ものならず」とある)。笛や笙を奏でる公達(笛を吹く人物を夕霧とする説がある)は下襲の裾を高欄に掛ける。右上の群青の空と銀の満月が夜を象徴。天井を取り去り室内を表現する「吹抜屋台」の技法で描く。

夕霧

夕霧:絵

夕霧:詞書第二面(第三紙)

詞書第二面(第三紙)

夕霧:詞書第一面(第一・二紙)

詞書第一面(第一・二紙)

『源氏物語』第39帖「夕霧」。秋の夜、夕霧(光源氏の子)が、落葉宮(故柏木の妻)の母一条御息所からの手紙を読もうとしている。そこへ、その手紙を落葉宮から夕霧への恋文と誤解した雲居雁(夕霧の妻)が、嫉妬のあまり背後から忍び寄って奪い取ろうとする場面。障子の陰で聞き耳を立てる2人の女房(『物語』本文には、この様子の記述はない)。硯箱、櫃、やまと絵山水図の屏風など、当時の文房具や室内調度の様子がわかる。

御法

御法:絵

御法:詞書第三面(第五紙)

詞書第三面(第五紙)

御法:詞書第二面(第三・四紙)

詞書第二面(第三・四紙)

御法:詞書第一面(第一・二紙)

詞書第一面(第一・二紙)

『源氏物語』第40帖「御法」。光源氏の最愛の妻である紫上が重病にふし、源氏と明石中宮(光源氏と明石上の娘/紫上が養育)に最後の別れを告げる場面。命のはかなさを、庭に咲く萩に付いた露にたとえて、3 人は和歌を詠み交わす。やがて、紫上の病状はにわかに悪化し、源氏に別れを告げると、横になって間もなく、明石中宮に手を取られながら静かに息を引き取った。風に吹きすさぶ萩や薄・桔梗・女郎花など秋草の繊細な描写が、3人の詠歌と悲しい心情を象徴する。